ビレッジ・ヴァンガード(ジャズライブハウスNY)

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ジャズ。それはNYをNYと特徴づける文化だと思います。短いNY生活で、昔から好きなクラシックの他はミュージカルに没頭してしまった私は、もう1年いたらジャズに傾倒して詳しくなっただろうにと、大きな心残りになっています。奥の深いジャズの世界のごく表面的な部分にしか接していない自分にはジャズを語る資格があるとも思いません。NYにはジャズのライブハウスがいたるところにあり、マニアは掘り出し物や本当の雰囲気を求めてこのような場所に行くのでしょうが、自分はほとんど観光客目当ての有名店に行くのみ。それでも深く心を惹かれてしまう様は、昔ナポリに行って駅前の観光客目当てのレストランで食べたボンゴレの美味しさにすっかり魅せられたことを思い出します。ボンゴレと言えばナポリの魂(?)。これと同じくジャズはNYの魂なのかもしれません。

NYのジャズのライブハウスと言えば、日本人でも知らぬもののいないブルー・ノートの他、イリジウム、バートランド、スモークや新しいものではジャズ・アット・リンカーンセンターなど有名店が目白押しです。その中で出演するミュージシャンの質、ライブハウスとしての雰囲気、歴史的な重み等からどうしても足を運んでしまうのが、これまたNYジャズの代名詞のようなビレッジ・ヴァンガードです。

はじめてこのライブハウスに足を踏み入れたのは、たまたまNYの自動車免許の学校で知り合った知人に連れられてクリスマス前に訪れたサックスの大御所ルー・ドナルドソンのカルテットの演奏でした。名曲ブルース・ウォークで知られるドナルドソンがオルガンの名手「ドクター」ロニー・スミスを迎えてのライブ。毎年年末に行われるライブは週末に予約なしで入るのは難しいほどの人気です。80を超えたドナルドソンのサックスの妙技に、ロニー・スミスの電子オルガンでのスイングが組み合わさって、私の心の扉を簡単かつ完全にうちくだきました。大御所とはいえこの年齢。若くて元気かつ有能なジャズ奏者に溢れたNYですから、テクニカルな部分ではもっとすぐれたジャズはいくらでもあるのではとも思います。とはいえ80を超えたドナルドソンの音色は枯れた中にも独特の華があり、途中だみ声でコミカルな唄を挟んだりと名人の至芸という趣きです。NYのジャズが積み上げてきた歴史を感じさせる稀有の体験と思わせるものでした。

一方で元気な若手(?)の登場する日にも驚くような出会いが待っています。ある晩訪れた際はジェフリー・キーザーのカルテットが出演していました。訪問時には名前も全く知らず、平日だったので席もがらがら。前の方に陣取って間近に聴いたのですが、これが素晴らしい体験でした。ジャズピアノのキーザーは曲の合間に、はにかんだような早口でこそっと曲の説明を加える好青年(?)ですが、オリジナルに有名曲を混ぜ、陶然とする時間を作っていきます。中でもテレオン・ガリーのドラムには本当に心を奪われました。通常のドラム・テクニックも素晴らしいですが、特にバラード系の静かな曲でのドラムは最高でした。通常のバトンをワイヤーブラシのバトンに持ち替えてドラムをなぜるように叩いていくと夢の中で心をさらさらとなぜていくような陶然とした世界を現出させ、脇に重ねた金属打楽器を叩くとインドネシアのガムランかチベット仏教の読経をソフィスティケートしたかのような響きを積み上げていきます。このような演奏を手の届きそうな場所で接し静かな中で没頭できるとは、これほどの贅沢はなかなかないと思います。同じ奏者の組み合の”Wildcrafted Live at the Dakota”というCDは、CDでは再現されにくいJAZZの雰囲気がよく録れていて愛聴盤となっています。

他にもピアノのブラッド・メルドゥー、トロンボーンの「スライド」ハンプトン、トランペットのトム・ハレルなど毎回多様で素晴らしいセッションを楽しめます。メルドゥーのピアノはクラシックで言えばラベルから現代音楽までの語法をカバーしているかのように多彩、ハンプトンはトロンボーンに途中から女性歌手を招き入れてボサノバのしっとりとした世界を表現。ハレルは人目を避けるようにストイックなフレーズをかなで続けるといった風情。これらの人々のジャズの世界での位置付けは知りませんが、このライブハウスを訪れると必ずその個性が心に焼きつく体験を得られるような気がします。

ビレッジ・ヴァンガードはそのライブハウス自体の雰囲気にも惹かれます。開店は1935年。当初はジャズ専門のライブハウスではなかったようですが、50年代にコルトレーンなどが、ここで録音した名盤を発表したあたりからジャズのライブハウスとして著名になり、その後のジャズの歴史を刻みつけてきました。場所はイースト・ビレッジの7thアベニューに面した古い建物の地下。狭い階段を下っていくと扉の向こうに150人ほど入れるライブハウスが広がっています。内部は普通の喫茶のような簡易なテーブルとイスが所狭しと並べられ、舞台は奥の隅にありますが、狭い上に段差もほとんどなく楽器や楽譜がなければ舞台とわからないほどです。歴史があるといってもただの古いカフェといった感じでわずかに壁に飾られた額などがジャズの雰囲気を醸し出しているのみ。あくまで内容で勝負という心意気に好感が持てます。セッションが始まる段になると客席の照明が落とされ舞台が明るくなりますがこれも簡素な間接照明程度の灯りで、この暗さがジャズにのめりこむ独特の雰囲気を作っています。演奏者は背後の入り口の方から現れ、客の間を通ってステージに向かいます。音響がいいといわれますが、ジャズの場合に何をもって音響がよいというのかはよく理解していません。しかし確かにここは適度にドライで、マイクを通した音も響きすぎたりせずに会場中を埋め尽くす感じが安心できます。

店のシステムは25ドル程度のカバーチャージとドリンクのミニマム・オーダー分の10ドルを入り口で払い、ドリングチケットを受けとって中に入ります。セッションは9時か10時半に始まりますが、予約をしていない場合には開演15分前まで店の前で待たされることもあります。席に付いたらウェイトレスにドリンクをオーダーしますが、他のライブハウスではつきものの食事メニューはここにはありません。10ドルでバド・ライトなら2本出してくれますが、前の方に座ると途中で追加注文を取りに来ない場合もあります。この点もあくまで主役はジャズという姿勢が徹底してかえって心地よく感じます。唯一の難点(?)は日本人の客が多いこと。ときに3分の1が日本人というようなときもあり「ここはNYか?」という感じですが、演奏が始まればステージに集中するので問題はないと思います。

他の店ではブルー・ノートが一番人気。開演前の店の前はいつも長蛇の列。結局入れないこともままあります。食事と共にスタイリッシュに楽しみたいのであればスモークなどもお勧めです。しかし後から心に残るという点ではやはりビレッジ・ヴァンガードがメジャーな中では一番と訪問の度に感じます。

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