MoMA(NY)の今

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※「今」と言いながらこれを書いたのは2000年代半ば私がアメリカ駐在時にかいたものです。現在は変わっている部分があることをお許しください。

あなたはMoMAの魅力を知っているか?と始めたら少々過激でしょうか?昨年末の待望の再オープンを機会にNYの誇る近代美術館-MoMAの魅力を再評価したいと思いたちました。

もし西洋絵画の真髄に触れられる場所はどこかと問われれば、私なら迷うことなくヨーロッパ、フィレンツェかマドリッドかパリと答えます。確かにMoMAの5階には、著名画家たちの誰もが教科書で見たことのある名作がきら星のごとく展示されています。是非鑑賞すべき名作です。しかし例えばフィレンツェにあるボッティチェリの「ビーナスの誕生」のように、膨大な歴史の選別を経て否応なく唯一無二の地位を築いてきた作品には、迫力・重みという点で一歩譲る部分があるように感じます。

翻ってMoMAで一番印象的な作品はどれか?と問われると、初めのころはゴッホの聖月夜、ピカソのアヴィニョンの娘たち、ルソーの眠れるジプシーあたりだったのですが、2度3度と訪問するうち、2階のコンテンポラリーギャラリーの作品が印象に残ったりするようになりました。例えば白く無機質な床の上、壁からぬっと粗末なズボン、革靴をはいたうつぶせの下半身が突き出している。何故か足の上に白く太い蝋燭が3本立っている。Goberという人の1991年の無題の作品です。何を想像するかはその人次第。例えば、光明の見えない現代から逃げ出そうとして逃げ出せない姿を象徴している等。Naumanという人の”Human/Need/Desire”という作品は題の3語に”Dream, Hope”を加えた5つの言葉をネオンサインにして点滅させるという作品です。床に置かれた制御装置を含め醜悪ですが、どこか昔の商店街を思い起こさせるような郷愁を感じもします。

 このような作品は芸術と言えるのでしょうか? 日本語で大上段に「芸術作品」と言うと既に評価の定まった古典を言うように思いますが、芸術の可能性を無限に保つため、アーティストがアートだというものをまずはアートと認め、後は歴史の選別に任せる、というMoMAの姿勢は、芸術の成立していく歴史的な過程そのものの展示を実現していると思います。2階ロビーにはモネの睡蓮の大作があり、脇からこの同時代の作品を飾るスペースに入りますが、自分には何か開放感を感じる空間になっています。人形の下半身など誰もが芸術と思う必要があるのか?断じて否でしょう。しかしその判断は歴史に任せ、自由な想像で同時代を楽しむという醍醐味がここにはあります。最近ある英国人が自分の作品をNYの有名美術館に持ち込んで勝手に展示したといういたずらが報道されました。メトロポリタン美術館では1日で発覚しましたが、MoMAでは4日間誰も気づかなかったとのこと。杜撰ですが、ある意味MoMAのアートに対する奥の深さを象徴しているように思えてなりません。この作品、どのように始末されるのかわかりませんが、MoMAは寄贈品として保管し、その後ちゃっかり正規の展示に使うのではと想像しています。

そんなものに1回20$も払えるか!と言う方に楽しみ方の提案です。NYの多くの美術館と同様、MoMAもメンバーシップがあり、年会費一人75$、二人120$、家族150$です。マンハッタンでも至便なこの場所に洒落た有料休憩所を持つというのはいかがでしょう。荷物は預ける必要がありますが、あとはカード提示で自由に出入りできます。コンテンポラリーギャラリーなら子供が騒いでもたいして気になりませんし、ここで一休みしたら、上の階のお気に入りの一枚に挨拶して帰る。NYに住む利点を生かしたアイデアとは言えないでしょうか?

蛇足ですが超有名作品以外で印象に残る作品をひとつだけ。Max Beckmannの”Departure”です。少々マンガ的な描画ですが、直裁な色彩と重厚な質感、深いテーマ性でいろいろな思いを喚起しうる名作だと思います。この作品も決して心地よいとは言えませんね。

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