※2000年代半ば ニューヨーク駐在時の取材記事です。諸事情変わっていることをご承知ち置きください。
① RENT

AIDS、ドラッグ、ゲイ、貧困など書き並べると暗く重いストーリー展開が予想されますが、実際は豊かで直截的な曲想に溢れアメリカらしい肯定的な人間賛歌を歌い上げる感動的なミュージカル、RENTは96年にトニー賞のみならずピューリツァー賞まで受賞し10年もの間ロングランを続けるNYブロードウェイを象徴する作品のひとつです。
レントの魅力はなんといってもロックを基調にしながらも叙情的で生き生きとした音楽でしょう。冒頭の”Rent”に始まって”One Song Glory” “Out Tonight” “No Day but Today” “Season of Love”といった耳に残る名曲が並んでいます。これらの曲が複雑な物語と有機的に絡み合い一個の総合芸術を紡ぎ上げます。舞台も派手な演出や装置に頼ることなく、オフブロードウェイの香りをそのまま持ち込み、物語が直接見る者の心に語りかけるのを助けています。舞台の左手にはロックバンドが陣取り、右手には雑然とガラクタのおいてあるロフト、背景にはアパートの外側の階段と屋上がしつらえられています。ここを背景に作品全体は語り手である映像作家マークが仲間の青春群像を撮って編集した映像作品という趣で作られています。マークだけが現在にいて時に過去に入り込みながら物語る。だからきっとマークはずっと同じセーターを着ているんですね。
舞台はNYイーストヴィレッジのロフト、クリスマスイブの夜から始まります。マークの同居人ロックミュージシャンのロジャーはエイズの恋人を自殺で失って以来部屋から一度も出ていません。自身エイズで死ぬ前に偉大な曲を書こうと悶々としています。ここに火を借りに来たのが同じアパートのSMダンサー、ジャンキーでエイズのミミです。物語は2人の恋の行方に、マークの元恋人ストリート・パフォーマーのモーリーンと弁護士ジョアンヌのレズカップル、ロジャーの仲間天才コンピュータ技術者コリンズとストリート・ドラマーのエンジェルのゲイカップルの出会いと別れが絡んで描かれます。ロフトが賃貸つまり題名のRENTになるわけですが、「世の中全て借り物さ」という言葉で借り物があたかも自分の真の姿であるように転回しています。
この作品はオペラの名作「ラ・ボエーム」を下敷きにして作られています。両方を知っていると面白いことは確かですが、レントは原作を語る必要がない完成された作品であると思います。日本にいた頃オペラフリークの私は、ミュージカルなどオペラの姪のようなもので「たかがしれたもの」と思っていました。しかしNYに来てメトロポリタン・オペラよりミュージカルの方が場合によって完成度が高いと認識を改めました。マンマ・ミーアなどのように娯楽性に重きをおいた商業的な作品も多いですが、レントは音楽と歌詞や物語が絡み合い感動を生む、十分「古典」になりうる作品です。NYではクラシックもさることながら、こういったポピュラー系の音楽、演技、ダンスなどの方が元気で活力があるのは間違いありません。
と言いつつオペラと一点だけ比較。「ラ・ボエーム」は日本語?で言えばボヘミアンですが、貧乏暮らしの気儘な青春を送っている詩人ロドルフォとお針子の田舎娘ミミとの出会いと別れの物語です。ボエームの主人公は純情系ですが、最後までどこか刹那的でメロドラマに終始しているように感じます。これに対しレントは「変化」がキーワードのように思います。登場人物は皆「くせもの」で、例えばミミのロジャーへのアプローチも扇情的とも言えますが、自分に引きこもっているロジャーの心を「蹴破って」外に出ようよと呼びかけているようです。”No Day but Today”の場面の感動も「今日変えないと未来はない」という叫びで、この前向きな生命力がこの作品の魅力の根底をささえているのだと思います。変わらず終始一人なのはマークだけ?いやいやマークもこの作品を作り終えたことで新しい一歩を踏み出していくのだと思いますよ。
この作品内容が複雑で英語も聞き取りにくいので、あらかじめ内容を調べていった方が楽しめると思います。英語で良ければ公式サイトが手軽ですが、日本語だと個人サイトですがhttp://www.nakash.jp/opera/rent/がわかりやすくお勧めです。11月映画も公開されるそうですがどうでしょうか?
② Jersey Boys
フランキー・バリ&ザ・フォーシーズンス。皆さんは、この米国ポピュラー史上ベスト5に入るとも言われるバンドをご存知でしょうか? ミュージカル「ジャージー・ボーイズ」は、貧しいイタリア移民の労働階層出身の彼らがバンドを立ち上げ、全米トップに駆け上がるサクセスストーリーです。といいながら正直名前すら知らず、新作ミュージカルを物色する中でたまたま買ったサントラCDの中に有名な「君の瞳に恋してる」を発見し、CDを聴き進むうちに曲の良さに惹かれて、ある週末ようやく手にした劇場1階の後ろの端っこの席で一人こっそりと鑑賞したのでした。
本作の魅力は何と言っても曲の良さ。なのですがNYでライブを見て一番楽しめるポイントはアメリカ人の反応かもしれません。劇場に入るときから何か沸き立つ期待感が漂っています。キープしておいたチケットを窓口で受け取るときも、係りの人から「楽しめよ!」みたいに親指を立てられる始末。劇場内に入ると6、70年代に青春だったに違いないカップルがひしめいて、今にも踊りだしそうにどこかウキウキと開演を待っています。
ミュージカルはニューアークの工業地帯の影絵のような背景の中で始まります。売れない中で仲間を見出しながら続く下積み時代。しかしあるとき天才同士の出会いが爆発的なヒット作品を生み出します。それがバンドを全米一のスターダムにのし上げた「シェリー」。この作品が鳴り出した途端、それまでおとなしく聴いていた観客が沸き立ち、劇場は大きく揺れだしたような感じがしたのでした。その後、当時のエド・サリバンショーの白黒映像などを背景に、彼らが全米一のスターダムにのし上がる姿が描かれます。同世代の人たちの盛り上がりは大変なものですが、若い世代や部外者の我々もアメリカの古き良き時代のミュージックシーンの盛り上がりを臨場感を持って追体験できる楽しさがありました。
しかし成功が長続きしないのは世の常。絶頂と思ったそのときに仲間の不手際で巨額の借金が発覚。二幕では成功の後の崩壊が描かれます。だんだんと離れていく仲間。音楽が昇華されていくのとは裏腹に、スターは孤独になっていきます。そして本当にフランキーひとりとなったとき、頂点となる「君の瞳に恋してる」が生まれます。憧憬のような美しい曲。バンドは最後、20年も経った頃オリジナル・フォーシーズンスとして蘇りますが、そこは現代へとつながるどこか違った世界なのでしょう。いくつかの悲劇も描かれますが、最終的に深刻にならずどこか楽天的な空気が漂い続けているのが、このミュージカルのアメリカらしい魅力なのかもしれません。舞台も身近なニューアーク。楽しまない手はないのではないでしょうか?
③ ザ・ドラウジー・シャペロン(The Drowsy Chaperone)
ミュージカルおたくと楽しむ古き良きミュージカルの目眩く世界。「ドラウジー・シャペロン」を一言で言うと、そんな感じでしょうか。幕が開くと舞台の上に登場するのは、アパートの一室でくつろぐ、ロングセーターを羽織った冴えないおじさん。おもむろに「最近のミュージカルはつまらないよね。劇場なんて大嫌い。自分がここで言うのもなんだけど」なんて調子で始まります。彼のお気に入りのミュージカルは1928年に初演されたという「ドラウジー・シャペロン」(もちろん架空)。おもむろに取り出したLPレコード!を丁寧に拭き「覚えてる?」などと言いつつプレーヤーにセットします(意味わかりますか?)。 曲が始まるやあら不思議、登場人物達が現れ、おたくの妄想が現実化して劇中劇のミュージカルが始まります。音楽も針の雑音が耳に付くモノラルレコードの世界からいつの間にか本当のオーケストラに変わっているというわけです。
おたくお勧めの劇中劇のストーリー。今日は売れっ子女優ジャネットの結婚式当日。彼女の引退で儲け頭を失いそうなプロデューサーがラテン系の色男を使い女優を誘惑して結婚をぶち壊そうと試みるが見事失敗。物語はハッピーエンドへ。と言いつつ調子の良いゴージャスな音楽と裏腹に、学芸会クラスの薄っぺらなストーリーと誰でも思いつきそうなギャグのオンパレード。シャペロンというのは花嫁の付き人という意味の登場人物で重要な狂言回しの役を演じるのかと思いきや、ラテン系色男が目標を間違えてシャペロンに突進し撃沈。物語にもなりゃしない。おたくはおたくで登場人物にまじって動き回り、いたるところで、時に劇を止めてまで自分の感想を言う始末。
さてこのように言うと、全く観るに耐えないミュージカルのように聞こえますが、正直に言うと私はこのまじめなほどのばかばかしさに、名作「レント」以来ではないかと思うほどに感動を覚えてしまいました。音楽や物語は極端にわかりやすくして細部の芸にこだわる。なんでこんなにいい音楽で歌がうまい必要があるの?このタップダンスは何?こんな一瞬芸にここまでこだわるのはなぜ?(これらは見てのお楽しみなので詳しくは語れません)でも、ミュージカルの楽しみは本来理屈ではなく、このような単純な楽しみに徹した純粋なもの。「ドラウジー・シャペロン」は丁寧に作り込まれた華やかな舞台を、贅を凝らした芸や嫌味のないストレートなギャグで心ゆくまで楽しませ、最近の理屈に満ちたミュージカルの数々に疲れた人々のストレスを解消してくれるのだと思います。
などと言いながら私が実は一番魅力に感じる点は、こんなささやかな楽しみの中でもおたくならば味わねばならない?悲哀の数々。おたくのおじさん(自分もそうですが)が思い入れ一杯に何かを鑑賞していると、そうそう、いろいろつまらないトラブルがあるんです。そんなトラブルの度に落ち込むおたくのおじさん。そんなトラブルにもめげず、こんな薄っぺらな作品を心から愛でるおたくなおじさんの健気な姿にいとおしさを感じるのは自分だけでしょうか?メジャーな作品とは言いがたいものの、今年のトニー賞では脚本賞などいくつか受賞。細かいところまでよくできた作品であることは確かです。とはいえ役者一人ひとりの芸で見せている作品でもあるので、NY近郊の特権を生かしオリジナルキャストで上演している旬の時期に是非見ておくことをお勧めしたい作品です。
www.drowsychaperone.com
リバイバルではないのに、いかにもリバイバルのようなフリをしていて、ブロードウェイらしい華やかさは絶対お勧め!
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